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三箇菅原神社 大阪府・大東市

訪問日:2009年6月上旬



場所:大東市三箇5-2-3  地図はこちら

交通:JR学研都市線・野崎駅下車。西へ900m。



拝殿

手水舎

本殿

社務所




三箇菅原神社の由緒


祭神は、天満大自在天神の称号を授与された菅原道真
公である。大祭は十月十九日・二十日。社地内には稲荷社
が鎮座する。天神さんも、お稲荷さんも、稲作を中心と
する五穀豊穣の神である。
住道地区の氏神で、延宝七年(1679)「三箇村検地帳」
には「氏神天満宮」と記され、境内地十八歩の年貢が免
除されていた。また江戸中期頃の当社は梁間五尺五寸、
桁行一間二尺の社殿をもち、西の隣接地には曹洞宗宇治
興聖寺末・水月院があった。現在も墓石が存在し、江戸
時代までの神仏習合の面影を残している。
社宝として神刀がまつられる。これは神威の高揚を願っ
て、宝永年間の氏子たちが奉献したものである。相州
綱廣の銘あり。往時の秋祭りには西の口、江の口南、江
の口北、大箇、下野、押廻から地車(ダンジリ)計六
大が引き出され社頭に並んだ。この宮入の順番は、十八
日くじ引きで決められる。また当地は十六世紀半ば頃飯
盛城の支城・三箇城のあったところとされている。
城主三箇殿は永禄五年キリシタンとなりサンチョと称
す。この時以来三箇の名は異国文書に登場する。城の位
置については諸説あって断定し難い。
なお、水月院跡いは「城ハ灰 埋は土となるものを何を
此代に思ひ残さん」の辞世区を記す墓石も見いだされる。

〜境内の能書より〜


三箇菅原神社内の摂社・末社

菅納大神

三徳大明神

錦竜権現


そのほかの三箇菅原神社の風景

狛犬(左側)

狛犬(右側)

鳥居

額束

石標

注連柱

石燈篭

百度石

看板