曽根天満宮 兵庫・高砂市
訪問日:2008年1月中旬
再訪日:2008年3月上旬
場所:兵庫県高砂市曽根町2286 地図はこちら
交通:山陽電車・曽根駅下車。北へ徒歩で4〜5分。
公式HPはこちら
菅公聖蹟二十五拝・第十六番
曽根天満宮の由緒
延喜元年(901)菅原道真公は無実の罪により九州大宰府へ左遷される。その途中伊保港に船を寄せて、
曽根天満宮西方の日笠山に登られ「我に罪無くば栄えよ」と祈って山上の小松を植えられた。
これが霊松(れいしょう)曽根の松で、現在も幹が保存されている。その後、四男淳茂公(あつしげこう)が、
家臣13人と共にこの地を訪れ、父君ゆかりの場所に社殿を建てお祀りしたのが創始とされる。
天正6年(1578)豊臣秀吉の播州征伐の際兵火にかかり社殿を焼失するが、天正18年に寺沢越中守を
奉行として本殿を再建し、社領10石を寄せた。慶長14年(1609)には、徳川家康の息女で姫路城主池田輝政の
側室である督姫の寄進により拝殿を建立、慶安元年(1648)3代将軍家光が朱印領30石を寄せ、
以後累代の将軍はこれに習った。さらに、徳川光圀が菅公廟記を撰し霊元院が和歌を奉納するなど
御神威は各地に聞こえ、参勤交代の途次参拝する大名も多くなった。特に鹿児島藩主島津公は、
霊松の枝で天神像を刻み国元に持ち帰りお祀りしたという。また、伊藤東涯(いとうとうがい)が『研松記』を、
頼山陽(らいさんよう)が『霊松詩』を奉納している他、小林一茶、シーボルトなど文人墨客が数多く訪れ、
詩文を献上している。
〜公式HPより〜
曽根天満宮内の摂社・末社
 えびす神社 御祭神:えびす社 |  木下稲荷神社 |
 早尾社 御祭神:白太夫 |  塩竃神社 御祭神:塩土翁 |
そのほかの曽根天満宮の風景
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 霊松殿 |  文化資料館 |
 一茶句碑 |  心池 |
 梅林 |  梅林 |

どんと焼き